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京都伏見五福めぐり 平成19年1月8日(月)1月1日~1月15日の間 色紙は千円(購入寺社の朱印は押印済)、各寺社の朱印代は、300円。 御香宮神社 京都市伏見区御香宮門前町174 ☎075-611-0559 乃木神社 京都市伏見区桃山町板倉周防32-2 ☎075-601-5472 藤森神社 京都市伏見区深草鳥居崎町60 ☎075-641-1045 大黒寺 京都市伏見区鷹匠町4 ☎075-611-1039 長建寺 京都市伏見区東柳町511 ☎075-611-1039 |
(最後の寺社で亥の土鈴をいただきました)御香宮神社(京都市の立看板から) ご祭神は神宮皇后、仲哀天皇、応神天皇など9柱を祀る。 社伝によれば貞観4年(862)境内から清泉が湧き出て、その香気が漂い、その水を飲むとたちまち病が癒えたので、「御香宮」を賜った。 以後、伏見の産土神として人々の信仰を集めたが、度々の兵乱や天災により荒廃した。 文禄年間(1592~96)豊臣秀吉は、当社を伏見城内に移し、鬼門の守護神としたが、慶長10年(1605)徳川家康により旧地である当地に戻され、現在の本殿(重要文化財)が建立された。 表門(重要文化財)は、旧伏見城の大手門と伝えられている。 宝物として、秀吉の寄進した金熨斗付太刀(きんのしつけたち 重要文化財)を蔵する。境内には、伏見義民文殊九助らの顕彰碑がある。 毎年、10月の神幸祭は、伏見祭・花傘祭とも呼ばれ、神輿や花傘、獅子などが出て、盛大に行われる。 |
![]() (五福めぐりの案内リーフレット) 乃木神社(京都市の立看板から) 当神社は、明治天皇に殉死した陸軍大将、乃木希典(1849~1912) を祀り、伏見桃山御陵のそばの当地に大正5年(1916)有志の人々によって創建された。 うつし世を神去りましし大君の みあとしたひて我はゆくなり 表門は四脚入母屋造、門扉は樹齢3千年の紅檜一幹で、巾6尺3寸余(約1.9m)の一枚板である。 境内には、日露戦争のときに第3軍司令部に用いたという中国風の民家、乃木将軍の遺墨、遺品、ゆかりの人々の品などを陳列した宝物館、そして、長府(山口県)にある将軍の生家を模した建物がある。 藤森神社(日本社寺大観 神社編から略) 素戔嗚尊、日本武尊、神功皇后、応神天皇、天武天皇ほか7柱を祀る。 創建年代は不明。826年(天長3年)崇道天皇(舎人親王)を祀っている。また、神功皇后三韓を征して凱旋後、当社に奉納した鎧を蔵しているという。 860年頃(貞観年間)、清和天皇が勅して深草祭(現藤森祭)が始まる。5月5日のこの祭では、780年代(天応年間)、外夷来寇に際して早良親王が当社に祈祷した故事を伝えるものといわれている。 |
![]() (伏見五福めぐりとは、直接関係ありませんが、縁起ものとして、藤森神社で七福神のストラップ(千円)も購入しました) 大黒寺(洛南保勝会の看板から) 真言宗のお寺で、円通山大黒寺といいます。始めは「長福寺」といいました。1615年(元和元年)薩摩藩主島津義弘の守り本尊「出世大黒天」に因み、薩摩藩の祈祷所として大黒天をご本尊に、寺名を大黒寺と改めました。通称「薩摩寺」と呼ばれています。 本尊秘仏の大黒天は、金張りのお厨子の中の小さなお像で、甲子の年にご開帳します。 大黒天という神様は、多くの神様の中でも一番皆様の身近にいらっしゃる神様で、努力の汗に、幸せを必ず報いてくださる現世利益の神様です。大黒寺は、本尊大黒天へ、皆様の願いを祈る現世利益のご祈祷と、真言宗のお寺として、回向供養を行います。 墓地には1862年(文久2年)の寺田屋事件で犠牲になった薩摩藩勤王党有馬新七等九士の墓があり、ゆかりの署や歌、肖像なども保存され、西郷、大久保らの会談の部屋もそのまま残されています。また1751年~1764年(宝暦年間)、木曽川改修工事で監督として多大の出費に責任をとって自刃した同藩家老平田靭員の墓や、天明の伏見義民の遺髪塔などもあります。 長建寺(京都市の立看板から) 東光山と号し、真言宗醍醐寺派に属する。八臂(はっぴ)弁財天(鎌倉時代後期作)を本尊とし、一般に「島の弁天さん」の名で知られている。 元禄12年(1699)、伏見奉行建部内匠頭政宇(たつべたくみのかみまさのき)が、中書島を開拓するに当たり、深草大亀谷即成就院の塔頭多聞院を当地に移し、弁財天を祀ったのが当寺の起こりで、寺名は建部氏の長寿を願って名づけられた。 弁財天は、音楽をもって衆生を救う女神で、福徳・智恵・財宝をもたらす七福神の一つとして、多くの人々の信仰を集めている。毎年7月第4日曜日の夜に行われる「弁天祭」では、かっては、淀川に御輿や篝舟(かがりぶね)がくり出す船渡御(ふなとぎょ)が盛大に行われていたが、淀川の河流が変わったことなどにより、昭和26年を最後に途絶えている。 現在は、弁天祭と2月の節分祭に、醍醐派修験道の最高の神髄として、柴燈(さいとう)大護摩修行が行われており、正月には、現世利益を授かるため多くの参詣者でにぎわう。 また、古銭型のお守り「宝貝守り」は、江戸時代より今に伝えられている。 |